夜逃げの町といわれていたが今では観光客が年間100万人に 〜 宮崎県観光を10倍楽しむブログ

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夜逃げの町といわれていたが今では観光客が年間100万人に


大淀川の支流である綾南川上流部や綾北川のとても広い樹林地域が綾町にあります。
これまでは九州山地を覆っており、焼端などをしている照葉樹林文化=農耕文化が発展していました。
ですが、太平洋戦争終結後、国有林を国が伐採することを決め、樹林を伐採していきました。
これによって九州山地を覆っていた樹林地帯は一気に規模が小さくなっていきました。
ですが綾町の答辞町長をしていた郷田實氏が伐採を断固反対していたので昔の様子のまま照葉樹林帯が現在でも残っています。

綾町の照葉樹林地域は1982年、国から九州中央山地国定公園として指定されました。
日本国内でも世界からみても広大な樹林地帯とされており、温暖地域として北にあるため、注目されています。
芽や根から樹木へと成長し、それが密集した結果、今のように広大な樹林地帯となったのです。
現在では自然世界遺産に登録しようとしている働きもあるようです。

郷田實氏は照葉樹林の保存や保護だけをするのではなく、照葉樹林を活かすことが出来る自然生態を重視した農業を推進していきました。
有機農法は当時としては珍しかったのですが、有機農法を取り入れたことによって綾町産の農産物が注目されるようになりました。
綾町はかつては夜逃げの町と言われており、人口が減少していたのですが、現在では観光客が年間に100万人も訪れるほどの観光スポットとなりました。
家族でこの綾町の照葉樹林地帯に訪れて自然の雄大さに感動している人がとても多いそうです。


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